2017年3月20日

ご近所

 2012年3月16日、銀座中央通りの一本裏通りに、川久保玲のプロデュースするドーバー ストリート マーケット ギンザが誕生した。ありきたりな商業ビルが劇的に変わった瞬間。すみずみまで川久保玲の空間哲学が展開された、誰も予想しなかった世界だ。強くて面白いもの、それが参加するデザイナーやアーティストを選ぶ川久保玲のイデーだった。

 目を引くのはこのビルを貫く彫刻作品「ホワイト・パルス」だ。遠心力を利用したチューブが建物を貸き通すように、このオブジェは訪れた者を迷宮の螺旋を渡るような錯覚に誘う。

 レギュレーションによって固定された一階通路に面したエントランスには、蜂のオブジェが置かれていた。制作したアーティストの名はマイケル・ハウエルズ。通り抜けるだけの機能しかなかった通路に、蜂は不穏な空気をもたらす。それも川久保玲の意思なのか、蜂はオープン当初からここにある。

 心ない酔った通行人のいたずらか、蜂の前足が2本ほど折られていた。それを痛ましいと思ったのか、それとも活気に満ちた空間に刺激されたのか、近所の人が前足にぐるぐると包帯を巻いて、いくつもの留め具で固定していた。このささやかな行為がはたして何かの役にたつのかはわからない。しかしこの包帯は、ひとつのユーモアを持って造形的な感覚に再生のエネルギーを与えた。まるでこの空間に迷い込んだ蜂に誘われるように人々は立ち尽くす。包帯の処置によって、オプジェは溶接で修理されるよりも生き物の甘いささやきのように静かに羽根を震わせている。進行形の状態でわざと放置する川久保玲の表現に揺らされた誰かの仕業なのだ。

 スイッチ編集長 新井敏記