2016年11月20日

遠い場所の子守唄

 彼女の歌に感動しともに旅をしたいと願った。それがスイッチがCoccoをデビュー前から取り上げ続けた理由だった。今から20年前、96年の11月から彼女が活動を一時休止する2001年までの5年の間だった。

 この10月、第6回の世界ウチナーンチュ大会が沖縄で開催された。世界26カ国の地域から沖縄にルーツを持つ人々7,300人が参加、大会最終日の30日、那覇市セルラースタジアムには1万5千人が集まった。同日同時刻、浦添市のてだこ小ホールで「沖縄のウタ拝2016」というコンサートが開かれた。

「過去、現在、そしてその先へ想いを寄せて。『音楽、映像、踊り』、表現者たちが沖縄を紡ぐ」――ウタ拝とは沖縄のウタを拝む、沖縄を拝むという造語だという。今年で2年目、昨年同様Coccoは踊りで参加していた。彼女がバレエを始めたのはたしか小学6年生の時。以来6年間バレエを続け、バレリ−ナを夢見て上京したのだ。本当の目的は歌手になることではなかった。

 ウタ拝の主宰者辺戸名直子とCoccoは開邦高校の同級生という。高校時代、辺戸名は音楽を、Coccoは美術を学んでいた。初めて描いた油絵は故郷の月だった。初めて歌うことの楽しさを知ったのは彼女の勧めでバンドのボーカルをつとめた時だったという。

「『お前、歌うまいな』、『は?』って。『お前、歌え』、『なんで?』みたいに勝手に決められて。確かに他の楽器はできないなと思って」とCocco。彼女のピアノに乗せて歌うこと。「Raining」は高校の時に作った曲だった。

 かつてCoccoのインタビューを南城市の「浜辺の茶屋」で行ったことがある。その日は1997年9月、十三夜で、月の明かりで影踏みをしたという話を聞き、最後に彼女はママから教えてもらったといって「雀の歌」という子守唄を歌ってくれた。「ちょっちょい」とはウチナーグチで雀のこと。弟が起きるから雀よ、裏の方で鳴いてという歌。歌は語り継ぐもの、彼女は「早く稼いで島で暮らしたい」と呟いた。ウタ拝のステージで涙を流しながら舞ったCoccoを見つめながら20年の歳月を思った。未来なんていらないと「Raining」で歌った悲痛さはそこにはなく、ただ楽しむ彼女がいた。

 そしてアンコール、Coccoは「いったーあんまーまーか」という子守唄を辺戸名とピアノ連弾で歌った。「おまえのかあさんはどこに?」という山羊のための草刈りの歌だった。意味はわからずも歌の力をひしひしと感じた。けっして綻びた糸を編みたいわけではないのに、子守唄には遠い場所の記憶があった。

スイッチ編集長 新井敏記